本当に使えますか。
持っていることと、使えることは違う。
登山の教則本通り、あなたは紙地図とコンパスを持って山に入っていますか。
では、それを本当に使えていますか。
地形図に磁北線を引いていますか。
コンパスで進行方向を出せますか。
尾根と谷を読んで、現在地を地図上に落とせますか。
山座同定できますか。
尾根上で、自分の立っている場所を説明できますか。
沢の中で、地形図に出ない枝沢を前にして、今どこにいるのか判断できますか。
厳冬期の稜線で、強風に叩かれながら紙地図を広げ、グローブを外さず、冷静にコンパスを当てられますか。
たぶん、ほとんどの登山者はできない。
少なくともボクは、10年以上山を歩いてきて、山岳会以外の登山者でそれを実際に運用できている人をほとんど見たことがない。
それもそのはずです。
紙地図とコンパスでのナビゲーションは、本当に難しい。
山を始めた頃、ボクも大阪府岳連の地図読み講習会に参加した。
本も買った。
地形図に磁北線を引き、コンパスを当て、尾根と谷を読み、実際の山で試した。
それでも、簡単には身につかなかった。
紙地図とコンパスは、持てば使える道具ではない。
普段から地形図を見て、実際の地形と照らし合わせ、何度も現在地を確認し、間違え、修正しながら少しずつ身体に入れていく技術です。
独学で少し本を読んだくらいで、現場の判断に使えるレベルまで持っていくのは相当難しい。
ましてや、道迷いしかけた瞬間。
沢の中。
視界のない稜線。
強風の冬山。
そういう場面で命を預けるなら、なおさらです。
だからこそ、「紙地図とコンパスは必須です」という言葉には違和感がある。
必須と言うなら、持つことではなく、使えることまで含めて語るべきです。
いったい登山者の何割が地図とコンパスで読図ができるのだろう・・・。
地図は道具でしかない。
ナビゲーションは持ち物ではなく判断です。
紙地図を否定したいわけではない。
コンパスを古い道具だと言いたいわけでもない。
ただ、はっきり言います。
紙地図を必須とする時代は終わった。
終わったのは、紙地図そのものではない。
紙地図とコンパスを持っていれば安全。
GPSに頼るのは危険。
昔からそう教えられてきたから正しい。
そういう、現場を見ていない安全観です。
山で怖いのは、地図を持っていないことではない。
自分がどこにいるのか分からないことです。
もっと言えば、自分がどこにいるのか分からないまま、「たぶんこっちだろう」と進んでしまうことです。
ナビゲーションとは、現在地を把握し、進む方向を決め、間違いに気づき、必要なら戻る判断をすることです。
持ち物ではない。
行動・判断・技術です。
紙地図とコンパスは、そのための道具でしかない。
ザックの奥で眠っている紙地図は、安全装備ではない。
ただの紙です。
晴れていて、見通しが良く、道標もあり、登山道も明瞭なら、紙地図もGPSも出番は少ない。
問題は、条件が崩れた時です。
ガスで視界が効かない。
分岐を見落とした。
雪で道が消えている。
下山中に疲れて判断が雑になる。
この道で合っているのか、不安になる。
そういう時に、現在地を確認できるか。
間違いに気づけるか。
戻るべきか、進むべきかを判断できるか。
そこで初めて、ナビゲーション手段の差が出ます。

最近のソフトを使えば磁北線も自動で出力してくれる。
紙地図が弱い山。
沢や冬山などでは、現場の条件が変わる。
紙地図には、強い場面がある。
広い範囲を見る。
尾根と谷の流れを読みルート全体の構造をつかむ。
エスケープを考える。
事前に危ない地形を想像する。
これは今でも紙地図の強みです。
小さなスマートフォンの画面だけを見ていると、視野は狭くなる。
見ているのは、今いる場所と次の分岐と残りの距離。
点と線になりやすい。
でも、山は点と線ではない。
尾根がどう伸び、谷がどこへ落ち、このルートを外したらどちらへ流されるのか。
そういう全体の構造を見るには、紙地図は非常に便利です。
ただし、紙地図が弱い山は確実にある。
たとえば、沢登り。
沢では、現在地特定が一気に難しくなる。
道標も踏み跡もない。
両岸は立ち、見通しは悪い。
小滝、釜、枝沢、ゴルジュが連続する。
地形図上では一本の谷に見えていても、現場では判断の連続になる。
この枝沢か。
もう一本先か。
この滝を越えた場所が地形図上のどこなのか。
脱渓点はここで合っているのか。
詰め上がる尾根は本当にこれなのか。
だから、地形図が必要です。
入渓前に谷の向き、標高差、枝沢、脱渓点、詰め上げる尾根を読む。
これは絶対にやるべきです。
でも、現場で「今ここだ」と確定する能力に関しては、GPSの方が圧倒的に速い。
これは好みの話ではなく道具の特性です。
紙地図は、自分で現在地を割り出す道具。
GPSは、現在地を直接確認する道具。
厳冬期も同じです。
風が強い。
雪が叩きつける。
手が冷える。
グローブを外せない。
視界がない。
立ち止まっているだけで体温を奪われる。
その状況で地図を出し、広げ、コンパスを当て、現在地を検討する。
できる人はいる。
訓練してきた人ならできると思いますが少なくとも僕にはできません。
でも、それを一般的な登山者全員に対して「基本です」と言い切るのは無理がある。
冬山では、尾根を外していないか、進行方向がズレていないか、ホワイトアウトの中で間違った斜面に入りかけていないかを、数秒で確認したい場面がある。
GPSウォッチやスマートフォンのオフライン地図で現在地を確認し、必要なら紙地図で広域を見る。
この方が、現実的な場面は多い。
GPSも万能ではない。
便利な道具ほど、依存すると危ない。
ここまで読むと、GPSを使えばいいと言っているように聞こえるかもしれない。
それは違う。
GPSは、ほとんどすべての登山で有効です。
現在地を素早く確認できることには明確な意味がある。
だから、GPSは使えばいい。
ただし、それだけで終わらせない。
デジタル機器は壊れる。
落とす。
濡れる。
寒さでバッテリーが落ちる。
地図のダウンロードを忘れる。
ケーブルが死ぬ。
GPSウォッチも万能ではない。
画面は小さく、広域の地形把握には向かない。

この小さな画面で広域の地形を確認する事は不可能。
縮尺変更はもちろんあるが、現地で複雑なオペレーションは使い勝手が悪すぎる。
そして怖いのが、便利すぎると人は考えなくなる。
ルートの全体像を見なくなる。
尾根と谷を読まなくなる。
なぜこの道を歩いているのか分からないまま、画面上の線だけを追うようになる。
GPSを使うことが危ないのではない。
GPSだけを見て考える事なく歩くことが危ない。
登山アプリの線をなぞっているだけなら、それはナビゲーションではない。
ただの追従です。
GPSは、現在地を教えてくれる。
でも、その場所がどういう地形なのか。
そこから先へ進むべきなのか。
戻るべきなのか。
別の尾根へ逃げるべきなのか。
そこまでは判断してくれない。
判断するのは人間です。

地形図の歩くルート上に自分で高度を記入。
ルート上にいるなら高度だけでおおよその位置を把握できる。
情報は多いに越した事はない。
システムで組む。
ひとつが死んでも、次が残る状態にする。
では、どうすればいいのか。
答えはシンプルです。
ナビゲーションを、道具ではなくシステムで組む。
スマートフォンひとつに、地図もルートログもウェイポイントも全部入れている。
これは便利です。
でも、スマートフォンが死んだ瞬間に全部死ぬ。
紙地図とコンパスを持っていても、普段使っていないならバックアップにはならない。
GPSウォッチも、ルートを入れていなければ、ただの現在地表示になる。
モバイルバッテリーも、端末が壊れたら意味がない。
つまり、「持っている数」ではない。
独立した手段が、いくつ残っているかです。
ソロなら、最低でも二系統。
スマートフォンとGPSウォッチ。
スマートフォンと紙地図コンパス。
スマートフォンと予備端末。
専用GPSとスマートフォン。
組み合わせはいくらでもある。
ただし、紙地図とコンパスは使えることが前提です。
持っているだけなら二系統とは言えない。
スマートフォンとモバイルバッテリーも、端末が壊れたら終わりです。
大事なのは、何かひとつが死んだ時に、そこで終わらないことです。
パーティーなら、さらに考え方が変わる。
人数がいるから安全なのではない。
複数人が、それぞれ独立して現在地を確認できるから安全性が上がる。
リーダーだけがルートを知っている。
リーダーだけが地図を見ている。
リーダーだけがGPSを持っている。
他のメンバーは後ろをついていくだけ。
これは、人数がいるだけで、ナビゲーションとしては一系統です。
パーティー登山で本当に危ないのは、初心者がいることではない。
全員が「誰かが分かっているだろう」と思っていることです。
だから僕たちは、パーティーでも複数人がナビゲーションを持つべきだと考える。
全員が高度な読図をできる必要はない。
でも、最低でも複数人がルートデータを持っている。
複数人が現在地を確認できる。
複数人が「今どのあたりにいるか」をざっくり理解している。
誰かひとりの判断に、全員の命を預けない。
それだけで、かなり違う。
ひとつに頼るな。
必要なのは、道具への信仰ではなく破綻しない仕組み。
一般登山道の日帰りなら、スマートフォンの登山地図アプリをメインにしていい。
地図は事前にオフライン保存し、同行者も別端末で同じルートを見られる状態にしておく。
破線ルートやバリエーションなら、事前に地形を読む。
尾根と谷の流れを理解し、ルートを外した時にどちらへ逃げるか考える。
沢登りなら、遡行図、地形図、GPS、脱渓後の下山ルートまで含めて考える。
厳冬期なら、防寒、予備電源、GPSウォッチ、視界不良時の進行方向、撤退ラインまで含めて考える。
それなのに、すべてを「紙地図とコンパス必須」で片付けるのは雑すぎる。
今まで紙地図とコンパスを使ったことがない人。
これから登山を始める人。
そういう人に、いきなり紙地図とコンパスでナビゲーションを習得しろと言うのは、かなり難しい話です。
もちろん、できるに越したことはない。
でも、限られた時間で安全性を上げるなら、まずは手持ちのスマートフォンやGPSウォッチで現在地を正しく確認できるようにすること。
地図を事前にオフライン保存する。
ルートデータを入れておく。
バッテリー、ケーブル、予備端末を用意する。
この方が、現代の登山でははるかに現実的で、安全性も高い。
そのうえで、地形図を見る。
これが一番いい。
少しボク自身の話をすると、夏は沢に行くことが多い。
沢には登山道も道標もない。
だから、入渓前は地形図とにらめっこになる。
谷の向き。
枝沢。
標高差。
脱渓点。
詰め上げる尾根。
下山路。
事前にそれを見てから山に入る。
現地では、現在地の確認はGPSに任せる。
そのうえで、広域の地形は地形図で見る。
これは、デジタルとアナログのどちらかを選ぶ話ではない。
GPSは現在地確認には圧倒的に強い。
地形図は山全体の構造を見るのに強い。
ならば、両方使えばいい。

僕の場合はメインがスマホ、サブがGPSウォッチ。
広域に確認には地形図を使用。
地形図を見るようになると、尾根と谷の関係が少しずつ見えてくる。
この尾根を外したらどちらへ落ちるのか。
この谷はどこへ向かっているのか。
このルートはなぜここを通っているのか。
それが見えてくると、山への恐怖は少し和らぐ。
「地形を読む」というのは、登山に余裕を生む。
GPSに慣れきった現代の登山者には、少しハードルが高く感じるかもしれない。
でも、やってみるとこれがなかなか面白い。
少しでも興味があるなら、まずは明日行く山の地形図を見てみる事をおすすめします。
難しいことから始める必要はない。
PCで国土地理院の「地理院地図」を開けば、等高線の入った地形図は簡単に見ることができる。
必要なら印刷もできるし、画像として保存することもできる。
尾根と谷を見る。
登る方向を見る。
下る方向を見る。
ルートを外した時に、どちらへ流されるのかを想像してみる。
それだけでも、山の見え方は変わる。
紙地図を捨てろ、という話ではない。
GPSだけで山に入れ、という話でもない。
使えるものは、全部使えばいい。
ただし、どれかひとつに命を預けない。
現在地確認。
広域把握。
事前計画。
バックアップ。
撤退判断。
それぞれに対して、何を使うのが一番破綻しにくいかを考える。
これが現代のナビゲーションです。
紙地図を持っているから安全。
GPSを持っているから安全。
リーダーがいるから安全。
トレースがあるから安全。
有名なルートだから安全。
日帰りだから安全。
低山だから安全。
そういう考え方が一番危ない。
山で起きるミスは、だいたい小さい。
分岐を見落とす。
尾根を一本間違える。
沢の詰めを少し外す。
下山路に入る場所を間違える。
疲れて確認を後回しにする。
「たぶんこっち」で進む。
でも、現在地が分からないまま進めば、その小さなミスはどんどん大きくなる。
だから、ナビゲーションは迷ってから始めるものではない。
迷う前から続けるものです。
紙地図とコンパスを必須とする時代は終わった。
でも、地形を読む力がいらなくなったわけではない。
現在地はGPSが教えてくれる。
でも、その現在地が安全なのか。
この先へ進んでいいのか。
引き返すべきなのか。
別の選択肢があるのか。
そこは人間が判断するしかない。
必要なのは、道具への信仰ではない。
破綻しない仕組みです。
ただし、ひとつに頼るな。
ひとつが死んだ瞬間に終わるなら、それは安全装備ではない。
山では、正しい道具よりも、破綻しない組み方の方が強い。
それが、TBHのナビゲーション思想です。
KEI FUJIMOTO
Founder / Art Director / 週末冒険家
THUNDER BIRD HILLS代表。15年以上にわたり登山を続け、実地テストを重ねながらギアを開発。YouTube「THUNDER BIRD HILLS」ではフィールド・ドキュメンタリーを発信している。